最近のイチオシ!:「南都大仏寄進之事」
(じーっ…………)

(ちらっ)

現在、町役場3階の生涯学習課窓口前に、簡易な展示ケースをひとつ、ちょこんと置いております。
文化財担当がその時気になったものや、面白いと思ったもの、つまり「最近のイチオシ!」な「精華町の宝もの」を、気まぐれに更新中です。
つい先日も展示を入れ替えたのでご紹介いたします!

(元禄十四年(1701年)七月十二日付「南都大仏殿寄進之事」、精華町教育委員会蔵)
南都大仏殿寄進之事、
合銀五拾壱匁七分五リン也、〈外ニ金物色々、〉
右者大仏殿受納致候、為其請取手形如件、
元禄十四巳年 七月十二日
東大寺 龍松院上人 役人相順(印)、同断浄厳(印)
東畠村 庄兵衛殿
「南都大仏殿」つまり東大寺の大仏殿について、寄進をしたので確かに受け取りました、という内容の文章です。元禄十四年(1701年)は江戸時代の年号です。
……あれ? 東大寺の大仏って奈良時代に聖武天皇が作ったものでは? と思われたかもしれません。実は、大仏を安置する建物(大仏殿と呼ばれています)は、二度、大きく焼けています。一度目は源平の戦いのただ中にあった治承四年(1180年)、そして二度目は戦国時代の永禄十年(1567年)。戦国時代に焼け落ちた大仏殿は、その後復興が目指され、とうとう江戸時代に入ってから竜松院公慶によって再建されました。現在、東大寺にある大仏殿は、この江戸時代に再建された大仏殿なのです。
この再建には、「寄進」、現代でいうところのクラウドファンディングも活用されたようです。精華町の東畑地区に残ったこの古文書は、まさしくそのクラファン費用を受け取りました、という証明書です。
寄進した額は銀51匁7分5厘。江戸時代は金・銀・銭の三種類の貨幣を使っており、それぞれの交換比率が変動する複雑な経済をしています。なかなか「現代で何円くらいです!」とは明言できないのですが……文化財担当たちで古文書を見ているときは「クラファンで出すには結構な額やね」という感想でした。東大寺大仏殿に向かう機会があれば、ついでに精華町にも思いをはせていただけると嬉しいです。
9月2日からしばらくの間、本文書を展示する予定です。もし役場に立ち寄る機会があれば、ぜひイチオシ! を覗いてみてくださいね。
(担当:M)

