精華町立図書館にある、「門脇文庫」をご存じですか?
日本古代史の研究者であり、精華町史の編さんにたずさわった、故・門脇禎二先生がお持ちだった本や、研究資料からなる文庫です。
……でも、その門脇先生って、いったい何の研究をした人だったのでしょう?
門脇先生の主要な研究のひとつである、「大化改新否定論」から、先生のお仕事を振り返ります。
※本ページは、令和8年度夏季・秋季 むくのきセンター文化財ミニ展示「Who is? 門脇禎二」の内容を元に、一部再構成したものです。
略歴
大正14年(1925年)高知県生まれ
昭和24年(1949年)京都大学文学部卒業
昭和41年(1966年)奈良女子大学教授
昭和50年(1975年)京都府立大学教授ののち、昭和61年(1986年)学長
平成5年(1993年)京都橘女子大学(現・京都橘大学)教授ののち、平成7年(1995年)学長
平成19年(2007年)逝去 享年81歳
目次
そもそも、大化の改新の何が大事なの?
大化の改新といえば……中大兄皇子と中臣鎌足が、蘇我氏を倒した事件! と覚えている方も多いと思いますが、実は大事なのはその後のほう。
事件後に出された「改新の詔」では、私有民の廃止、戸籍の作成、税制改革などといった、その後の国家のキホンとなる様々な方針が示されています。
日本の古代国家の元となるものが、この時にできたと考えられるから、大事だと思われてきたのです。
けれど……
その「改新の詔」については、後世に書き変えられた可能性があり、内容をそのまま信用しづらいことが以前から指摘されていました。
門脇氏は、その「改新の詔」が出されてから、実際にその政策が実施されるまで、30年から半世紀ほどの間があることを指摘しています。

石母田正「大化改新の史的意義」(『日本の古代国家』岩波書店、1971年、98-99頁)、門脇文庫所蔵
門脇氏は、1971年に発表した「『大化改新』論覚書」(『歴史学研究』377号、後に『「大化改新」史論(下)』(思文閣出版、1991年)に収載)の中で、石母田氏の本への応答を行っています。門脇文庫に残る『日本の古代国家』には、門脇氏の書き込みが多く残っており、思索の跡がうかがえます。
どうして大化の改新を研究したの?
門脇氏は、江戸時代以降の日本史の研究を整理し、大化の改新が歴史上で重要視されるようになったのは、明治20年代後半だと指摘しました。
歴史の見方は、時代によって変わるもの。
「今の大化の改新の見方は、昔の見方を引きずっているのではないか?」
「国家とは何か? が問い直されている今、古代国家のキホンである大化の改新を見直すのは、大事なことじゃないか?」
また、この課題意識は、他の古代史研究者にも共通するものでした。
様々な専門分野に特化した研究者がそれぞれに研究を進める現状で、門脇氏を含めた研究者のグループは、様々な研究成果を結び付け、古代国家をとらえなおす土台として、大化の改新を取り上げました。

『「大化改新」論―その前史の研究―』(徳間書房、1969年)序章ゲラ 表紙

『「大化改新」論―その前史の研究―』(徳間書房、1969年)序章ゲラ 9・10頁部
昭和44年(1969年)出版の『「大化改新」論―その前史の研究―』(徳間書房)のゲラ刷り(試し刷り)が、門脇文庫に残っています。これは序章部分の原稿で、江戸時代から近代にかけての「大化改新」についての研究史をまとめた箇所にあたります。
他の研究者とのかかわり
門脇文庫には、門脇氏のノートも数多く残っています。ここには、京都に拠点をおく学会である日本史研究会の、1968年の古代史部会のものとみられる資料が貼られていました。具体的な研究活動の中にも、当時の社会問題への意識がうかがえます。

門脇文庫内にあった「古代史部会」と書かれたノート

日本史研究会古代史部会の活動案について書かれたレジュメ。内容から1968年ごろのものか。

1967年11月19日の日本史研究会大会で戸田芳実によって報告された「中世成立期の国家と農民」に関するノート。
若き日の門脇先生

『折々の記』には、研究だけでなく、スピーチ等の内容も残されている。
……わたくしなどは、大日本古文書とか正倉院文書と言われてもわからないのにすでに縦横に使いこなしている同級生もある。だから先輩方やそういう人がいないひそかな時期をねらって、一生懸命に手書きしたんですね。そういうような研究生活でありました。……
(「学徒兵から古代史学徒へ」『折々の記』12頁より)
門脇文庫内には、古い自筆のノートが収蔵されています。このページには、『大日本古文書』編年文書第1巻に収録の「正倉院文書」大宝二年(702年)の「御野国本簀郡栗栖太里戸籍」を写したものの一部とみられます。門脇氏の私家本である『折々の記』には、若いころに『大日本古文書』や『正倉院文書』などの史料集(史料を活字化してまとめた本)を手書きしたエピソードがつづられています。

『大日本古文書(1)』と書かれたノート。

ただ史料を書き写すだけでなく、門脇氏が考えたメモも書き込まれている。
その後、現代の研究は?
発掘調査の進展によって、大化の改新研究は新たな局面を迎えました。
まず、前期難波宮(現在の大阪市中央区)の発掘調査の成果により、大化の改新の時期に天皇であった孝徳天皇が、非常に大規模な王級を作ったことが明らかになりました。これにより、孝徳天皇期の政治を再評価する動きが現れます。
また、飛鳥・藤原京周辺では、大化の改新の時期前後の木簡が大量に見つかりました。これにより、地方行政区分の成立という、大化の改新にある一部改革は、この時期にすでに成立していたのではないか? という見方が有力になっています。
しかし、『日本書紀』の内容を疑う姿勢は、現在でも継承されています。
史料を書いた人、まとめた人の目的を念頭において、丁寧に文章と向き合った成果は、歴史を学ぶ研究者のみならず、現代社会全体にも大きな意義があるものといえます。
