せいか舎コラム

カイコを育てる

カイコの成長

カイコ(蚕)は蛾(が)の幼虫で、卵〔蚕種:さんしゅ〕からかえると、桑(くわ)の葉を食べ、脱皮をくり返して大きくなり、繭(まゆ)を作って蛹(さなぎ)になります。蛹が育つと、蛾になり、メスは卵を産みます。

カイコが桑の葉をよく食べて活発な時期を「齢」(れい)といい、脱皮する前に眠るように活動をやめる時期を「眠」(みん)といい、「齢」と「眠」をくり返して成長します。カイコは4回脱皮し(4眠)、5齢のときに繭を作ります。季節にもよりますが、平均すると卵からかえって繭ができあがるまで約1か月かかります。


桑の葉を食べるカイコ
カイコと桑・繭・生糸(きいと)の量

現在では一般的に蚕種(蚕の卵)1万粒(0.5箱)は5.85gとされます【注1】。時代や飼育環境によって異なりますが、おおよそカイコ1頭あたり桑の葉25gを食べるとみると、カイコ1万頭では250㎏程度の桑の葉が必要となります【注2】。また、おおまかにはカイコ1万頭から約20㎏の繭ができ、繭20㎏からは約4㎏の生糸がとれ、約4反の絹織物(きぬおりもの)(着物約4着分の絹布)を作ることができます【注3】

【注1】大日本蚕糸会蚕業技術研究所『養蚕』90頁
【注2】大日本蚕糸会蚕業技術研究所『養蚕』99~100、108頁を参考に試算
【注3】『福知山の養蚕』8頁を参考に試算


桑の木
養蚕(ようさん) ~カイコを育てて繭をとる~

カイコの育て方は、時代を追うごとに改良され変化していきました。ここでは、精華町で養蚕がさかんにおこなわれていた明治時代から昭和前期までの方法を中心に説明します。

カイコを飼う農家では、たくさんの桑の木を育て、養蚕の時期になると、桑の葉を摘みとりました。農家では、家や小屋のなかに棚〔蚕架:さんか〕を組んで、蚕箔(さんぱく)とよばれる用具の上にのせて、たくさんのカイコを育てました。精華町の菅井地区では「かいこさん」とよび、大切に世話して育てたといいます。

カイコは成長にともない、日々すがたや動きが変化しました。食欲旺盛(おうせい)な時期〔齢〕と脱皮する時期〔眠〕をくり返したので、桑の葉をあたえたり、掃除をしたり、成長段階に応じた作業を短時間でおこなわなければならず、農家にとってたいへん忙しいものでした。

カイコが繭を作る気配をみせると、藁(わら)などで作った蔟(まぶし)にカイコを移しました。この作業を上簇(じょうぞく)といいます。蔟はカイコが繭を作るための巣の役割を果たします。

カイコが繭を作りはじめて6~7日ほどで蛹になると、人の手で繭を蔟から外して回収しました。繭の周りには蔟にひっつくための細かい毛羽(けば)がついており、これをとりのぞきました。


「壮蚕期給桑(そうさんききゅうそう)の状況」

京都府天田郡上六人部村(福知山市) 昭和3(1928)年

給桑台(きゅうそうだい)の上に蚕箔を置いて、カイコに桑の葉をあたえています。左側には蚕架という棚が組まれ、床は暖房用の炉の通気のため簀子状(すのこじょう)になっています。


「蚕沙(さんさ)の除去」

京都府天田郡庵我村(福知山市) 昭和3(1928)年

カイコのフンや桑の食べかすをとりのぞくため、藺網(いあみ)を使ってカイコを移しています(左上)。


「成繭(せいけん)の掻取(かきとり)の状況」

京都府天田郡雀部村(福知山市) 昭和3(1928)年

改良まぶしから成長した繭をとっています。


「選繭(せんけん)の状況」

京都府天田郡西中筋村(福知山市) 昭和3(1928)年

中央の男性が毛羽取機を使っています。

 

※上記4点の写真は、「昭和三年御大典奉祝献上写真」(三和町郷土資料館『カイコのいる村』)より転載


参考動画:「福知山の養蚕 -今に残る三軒の養蚕農家の記録-」(福知山市ふるさと文化再興実行委員会制作)

福知山の養蚕 ※外部サイトに移動します